カイムキのピルボックス・ファーマシーが閉店

ピルボックス・ファーマシー
ピルボックス・ファーマシー

寂しいニュース

「ピルボックスが閉店するらしいよ……」

「えっ?」

2020年9月の初めに飛び込んできた、ショッキングなニュースだった。

ピルボックスとは、ホノルル市カイムキ地区の11thアベニューにある小さな薬局『The Pillbox Pharmacy』のこと。1974年に現在の場所にオープンして以来、半世紀近くにわたって多くの住民に親しまれてきた店だ。

薬の他に日用品、雑貨、文房具、スナック菓子、ハワイ土産なども売っている。特に、オレゴン州のカスケード・グラシア社(Cascade Glacier)のアイスクリームが有名な店でもある。

店内の様子
正面入口から見た裏口側。裏口が階段を4段上がって高くなっているのは坂の町カイムキならでは
カスケード・グラシア社のアイスクリーム
オレゴンのカスケード・グラシア社のアイスクリーム

ジェームス・リー・マッケルヘイニー氏

初代オーナーは “Head Pill” や “Mac” の愛称で知られたシカゴ出身のアイルランド系薬剤師、ジェームス・リー・マッケルヘイニー氏。患者ファーストの姿勢を貫き、いつも親身に相談に乗って顧客との信頼関係を築きあげた。家族経営の小さな店ながら、チェーン店のドラッグストアとの競争に負けることなく切り盛りしてきた。

シカゴで薬局を営んでいたマッケルヘイニー氏は、1960年代に妻のローズマリー氏とバケーションでハワイを訪れた。二人ともハワイがすっかり気に入り移住を決意。3人の子供を連れてホノルルに引っ越した。

クイーンズホスピタルやアイナハイナの薬局で働いたのち、1974年11月に独立店をカイムキの現在の場所に開いた。故郷シカゴの彼が生まれ育った界隈の雰囲気にカイムキが似ていたためこの場所を選んだのだそうだ。

開業当時はアイスクリームの他にサンドイッチも売っていたという。

地元民に愛されたマッケルヘイニー氏だったが、2007年3月9日に79歳で他界した。白血病を患っていたが、当時の約6000人の彼の顧客の多くは、彼が病気であることすら知らなかったらしい。

奇しくもアイリッシュの祭典であるセントパトリックス・デーの一週間前だった。セントパトリックス・デーの後、ダウンタウンのアイリッシュパブ『O’Toole’s』で追悼の会が開かれた。過去の従業員たちやマッケルヘイニー氏の多くの顧客が訪れたそうだ。

新型コロナで経営難に

ピルボックスは、マッケルヘイニー氏の息子であるスチュアート・マッケルヘイニー氏が受け継いだ。父のモットーを守り、顧客と密着した経営スタイルで今日まで店の看板を守ってきた。

ところが、大型チェーンのドラッグストアがホノルル市内に増えるにつれて、経営は厳しくなっていった。そこに今年の新型コロナのパンデミックがダメ押しとなり、閉店することになった。店を受け継いだ2007年には1日平均130件ほどあった処方薬のオーダーは、現在では1日10軒以下しかないという。

最後のアイスクリーム

店内の様子
数十年間ほぼ変わらない雰囲気の店内
年季の入ったアイスクリームケース
年季の入ったアイスクリームケース

店の中も外の様子も、私がカイムキで暮らし始めた2001年当時から約20年間ほとんど変わっていない。いや、店の古い写真から察するに、むしろ開店当時からそれほど大きくは変わっていないのではないか。

ピルボックスのような個人経営の薬局は、現在ハワイ州内に約10軒ほどあるそうだが、そのうちの1軒が今ひっそりと看板を下ろそうとしている。カイムキは古いホノルルの雰囲気を残す老舗が比較的多いエリア。そのうちの代表的な店の一つがなくなってしまうのはほんとうに寂しい。

「ピルボックスが閉店するらしいよ」

とローカルの同僚に教えると、すぐに彼から返ってきた言葉は

「なんてこったい……よし、じゃあ、アイスクリーム買ってきてオフィスのみんなで食べよう」

もちろん賛成。ピルボックスが46年の歴史の幕を下ろすのは11月14日。それまでにできるだけたくさんピルボックスのアイスクリームを食べて、古き良きカイムキの思い出に浸りたい。

アイスクリーム

写真はすべて筆者による撮影

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